高校野球の怪物といえば、昭和の怪物、元祖怪物の江川卓投手(栃木・作新学院)と平成の怪物松坂大輔投手(神奈川・横浜高校)だろうか。私の年代からすると、ドンピシャで江川。
公式戦では2度の完全試合を含む9度のノーヒットノーランを達成しているが、とにかく味方打線の援護がないので、勝つためにはひたすら完封し続けるしかなかった彼。昭和48年夏の甲子園予選で記録した作新学院のチーム打率は.204。およそ県予選の優勝校らしからぬ低打率である。1対0で勝つというのが彼への至上命令であった。
昭和48年春の選抜1回戦、優勝候補の強打・北陽(大阪)相手に、先発全員からの19奪三振という鮮烈の甲子園デビューを果たす。戦前からの予想をはるかに超えるストレートの速さと伸びに、TVの前の野球ファンは、テレビ中継に釘付けになった。北陽のバッターはプレーボールから22球をバットに当てることすらできなかった。23球目をようやくファウルにしたとき、甲子園球場アルプススタンドに、大きなどよめきが。
甲子園で4勝しかあげていない江川が怪物といわれたのは、その圧倒的な投球内容だろう。公式戦登板44試合、完投した30試合中9試合をノーヒット、それ以外の試合もほとんどが1安打か2安打しか許していない。甲子園での通算成績は、6試合で4勝2敗、投球回数は59回1/3、自責点3、防御率0.46。奪三振は92で、1試合平均15.3個の三振は驚異的な数字。
江川以降も多くの怪物が、マスコミによって排出されてきた。甲子園春夏連覇を果たし、決勝でノーヒットノーランを達成した平成の怪物・松坂投手。しかし彼は、横浜高校という強いチームのバックアップがあった。江川のような孤軍奮闘というイメージではない。ダルビッシュ有、田中将大投手もその候補には上がるだろうが、江川ほどの数字は残していない。
怪物に投手が多い中、唯一打者を挙げるとすれば、5打席連続敬遠された松井秀喜選手(石川・星稜)か。エピソード、伝説としては、申し分なし。しかし、彼は怪物ではなく、ゴジラだ。この敬遠劇は、後日社会的な大きな論争を巻き起こした。高校野球での敬遠は、有りか無しか?戦術上はありだが、5打席連続はいかがなものか?教育上どうなのか?などなど。非難は、明徳義塾・M監督に集中した。今なら炎上、間違いなし。
今夏、怪物の呼び声が高かった清宮選手が率いる早実は、西東京大会決勝で敗れ、彼の夏は終わった。

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